溶液NMRによる生体高分子の解析
溶液NMR法は常温・常圧の水溶液中でタンパク質や核酸などの生体高分子の構造やダイナミクスを解析できる手法です。我々はこの手法を用いて、細胞内液液相分離(LLPS)に関わる天然変性タンパク質や、各種の生理機能の調節に重要なGPCR等を研究しています。
天然変性タンパク質の動的構造解析
多くのタンパク質が、明確な立体構造をとらないアミノ酸配列天然変性領域 (Intrinsically Disordered Region: IDR) を持っています。また、細胞内には、そもそも安定な立体構造をとらない天然変性タンパク質 (Intrinsically Disordered Protein: IDP) も数多く存在しています。長らくIDRやIDPの役割は不明でしたが、近年、それらが細胞内液液相分離 (Liquid-Liquid Phase Separation: LLPS) の制御に関わることが明らかにされました。LLPSは細胞内における無数の生化学反応を精密に制御する機構として注目されていますが、IDRやIDPがその制御に深く関与しています。我々は、溶液NMRの特長を生かし、神経変性疾患に関わるTIA-1やαーシヌクレインなどのIDR/IDPの動的な構造を解析し、細胞機能との関連を調べています。
例えば、T-cell intracellular antigen-1(TIA-1)は、プリオン様ドメイン(PLD)の自己組織化を介してストレス顆粒の形成に関与しており、このPLDには神経変性疾患に関連するアミノ酸変異が複数見つかっています。我々は、PLDの動的構造をNMR、分子動力学シミュレーション、クライオ電顕、結晶構造解析等により調べています。
関連論文
- Sekiyama, N. et al. (2022) ALS mutations in the TIA-1 prion-like domain trigger highly condensed pathogenic structures. PNAS, 119, e2122523119.
細胞内タンパク質の構造を調べる
生命現象の分子論的な理解が進むに従って、生体分子の振舞を、それらが実際に機能している場、すなわち「生きた細胞内」や「生物個体内」において、“その場”観察することの重要性が高まっています。NMRは生体に対する侵襲性が低いため、in vivo 計測に適しています。我々は、細胞内のタンパク質に多次元NMR法を適用することで(in-cell NMR)、その構造やダイナミクスを観察し、試験管内での挙動との違いや、細胞内での生化学反応を研究しています。
関連論文
- 杤尾豪人 (2016)「細胞内タンパク質の NMR 解析」『化学』(化学同人),71巻,7号,64. Link
- Tochio, H. (2012) Watching protein structure at work in living cells using NMR spectroscopy. Curr Opin Chem Biol, 16, 609-13.
- Inomata, K. et al. (2009) High-resolution multi-dimensional NMR spectroscopy of proteins in human cells. Nature, 458, 106-109.
構造解析について/Structural analysis